給与と配当金:香港における個人所得税の最適化
📋 ポイント早見
- ポイント1: 給与は会社の経費として損金算入でき、法人税を節減できますが、個人に給与所得税が課されます。
- ポイント2: 配当金は香港源泉の利益から支払われる限り個人レベルでは非課税ですが、会社の税引き後利益から支払われ、経費として控除されません。
- ポイント3: 最適な戦略は、役務に見合った「合理的な給与」と「配当金」を組み合わせるハイブリッド・アプローチです。
- ポイント4: 税務当局(IRD)は、合理的な役員報酬を配当金で置き換える「偽装雇用」構造を厳しく監視しています。
香港で事業を経営するオーナー・ディレクターにとって、自身への報酬を「給与」として受け取るか、それとも「配当金」として受け取るかは、個人の富と会社の成長資金に直接影響する重要な決断です。個人の最高税率は17%、法人税率は16.5%と、一見すると単純な計算に見えますが、控除制度、コンプライアンス、長期的な計画を考慮した最適な戦略を立てる必要があります。最新の2024-25年度税制に基づいて、給与と配当金のジレンマを解き明かしていきましょう。
給与と配当金の基本的な税務メカニズム
給与:個人課税が発生するが経費として控除可能
給与を受け取ることは、会社にとって即時の経費計上となり、課税対象利益を減少させます。個人にとっては、給与所得税(薪俸税)の対象となります。税金は、超過累進税率(純課税所得に対して2%から17%)または標準税率(2024/25年度より、最初の500万香港ドルに15%、超過分に16%)のいずれか低い方で計算します。強制積立金(MPF)への拠出は義務ですが、従業員負担分(年間上限18,000香港ドル)は税額控除の対象です。住宅ローン利息(上限10万香港ドル)や認定慈善寄付(所得の35%が上限)などの個人控除を活用することで、さらに税負担を軽減できます。トレードオフは、給与を高くすると個人の税負担が増える一方で、会社の内部留保が減少することです。
(最初の5万香港ドル × 2% = 1,000香港ドル) + (次の5万香港ドル × 6% = 3,000香港ドル) + (次の5万香港ドル × 10% = 5,000香港ドル) + (最後の5万香港ドル × 14% = 7,000香港ドル) = 合計16,000香港ドル。標準税率での計算(20万香港ドル × 15% = 3万香港ドル)よりも低いため、超過累進税率による税額を支払います。
配当金:税効率の高い分配(ただし条件付き)
香港は源泉地主義を採用しており、すでに利得税(法人税)が課税された利益から分配される配当金には、原則として個人所得税が課されません。これは、会社から富を取り出す非常に税効率の高い方法です。MPFの義務もなく、個人所得税の対象にもなりません。しかし、これは「無税」の抜け穴ではありません。会社は配当を支払う前に、その利益に対して利得税(8.25%または16.5%)を支払わなければなりません。重要なのは、配当金は経費として損金算入されないため、会社の課税対象利益を減らす効果はないという点です。
| 比較項目 | 給与 | 配当金 |
|---|---|---|
| 個人への課税率 | 2% – 17%(超過累進)または標準税率(15%/16%) | 0%(原則) |
| 会社の経費算入 | 可能 – 会社の利得税を減らす | 不可 – 税引き後利益から支払われる |
| MPF(強制積立金)要件 | 雇用主・従業員双方に義務あり | なし |
| 税務局(IRD)の監視 | 低い(役割に対して合理的な場合) | 中程度(合理的な給与の代わりに使用された場合) |
| 会社のキャッシュフローへの影響 | 税引き前利益を減らし、利益が高い場合はより多くの現金を温存 | 税引き後利益を使用し、内部留保を直接減少させる |
実践的ケーススタディ:テック企業創業者のシミュレーション
香港に設立された「テックビジョン株式会社」を例に考えてみましょう。この会社の年間課税対象利益は800万香港ドルです。唯一の株主兼取締役である陳さんは、個人使用のために300万香港ドルを取り出す必要があります。
• 会社の税金: 300万香港ドルの給与は経費算入可能。残り利益:500万香港ドル。利得税 = 最初の200万香港ドルに8.25%(165,000香港ドル) + 次の300万香港ドルに16.5%(495,000香港ドル) = 合計660,000香港ドル。
• 個人の税金: 陳さんが標準税率を適用すると仮定(この所得水準では最も効率的)。給与所得税 = 300万香港ドル × 15% = 450,000香港ドル。
• 総税負担: 660,000香港ドル(会社) + 450,000香港ドル(個人) = 1,110,000香港ドル。
• 陳さんの手取り現金: 3,000,000香港ドル – 450,000香港ドル = 2,550,000香港ドル。
陳さんは、合理的な給与として120万香港ドル(生活費を賄い、標準税率の16%が適用され始める可能性のある132万香港ドルの閾値を下回る水準)を受け取り、残りの180万香港ドルを配当金として受け取ります。
• 会社の税金: 120万香港ドルの給与控除。課税対象利益 = 680万香港ドル。利得税 = 200万香港ドルに8.25%(165,000香港ドル) + 480万香港ドルに16.5%(792,000香港ドル) = 合計957,000香港ドル。
• 個人の税金: 120万香港ドルに対する給与所得税(標準税率15%) = 180,000香港ドル。180万香港ドルの配当金は非課税で受け取れます。
• 総税負担: 957,000香港ドル(会社) + 180,000香港ドル(個人) = 1,137,000香港ドル。
• 陳さんの手取り現金: (120万香港ドル – 180,000香港ドル) + 180万香港ドル = 2,820,000香港ドル。
結果: 組み合わせアプローチにより、陳さんの税引き後手取り現金は年間で約27万香港ドル多くなり、会社の利得税はわずかに増加します。これは戦略的な配分の効果を示しています。
税率を超えた戦略的考慮事項
1. 事業のライフサイクルとキャッシュフロー需要
成長のために資金を投入しているスタートアップは、資本を温存するために最低限の給与を優先し、収益が安定するまで配当を延期するかもしれません。成熟したキャッシュリッチな事業では、オーナーへの資金引出しを最適化できます。配当は、単なる利用可能な現金からではなく、分配可能利益(税引き後かつ会計上の調整後)からのみ支払えることを忘れないでください。
2. 非税務的な財務要因
- 信用力: 銀行は住宅ローンの申請において、安定した給与収入を好みます。
- ビザ申請: 扶養ビザのための経済的能力を証明するには、一貫した給与が重要です。
- 相続・事業承継計画: 配当をもたらす株式を譲渡することは、雇用契約を再構築するよりもクリーンな場合が多いです。
3. 進化する規制環境
- 外国源泉所得免税(FSIE)制度: 会社が海外子会社から配当を受け取る場合、香港での免税ステータスを維持するために、FSIE制度の経済的実質要件を満たしていることを確認する必要があります。
- グローバル最低税(第2の柱): 大規模な多国籍企業グループ(収益7.5億ユーロ以上)にとって、2025年1月1日から施行される15%のグローバル最低税は、利益がどこで認識され、どのように分配されるかに影響を与える可能性があります。
最も効果的なアプローチは、「すべて給与」または「すべて配当」であることは稀です。自分の役割と市場価格を反映した商業的に正当化できる基本給を確立しましょう。その後、業績連動型ボーナス(会社にとって経費算入可能)と定期的な配当金で補います。これにより、税効率、コンプライアンス、個人の財務的柔軟性のバランスを取ることができます。
✅ まとめ
- 二者択一ではない: オーナー・ディレクターにとっては、合理的な給与と配当金を組み合わせた戦略が通常最適です。
- 給与は経費、配当は違う: 給与を合法的に法人税削減に活用できますが、自身を高い個人所得税率の区分に押し上げないよう注意が必要です。
- 商業的正当性が鍵: 給与は、自身が行う仕事に対して合理的でなければなりません。税務局は「偽装配当」に見える構造に異議を唱えることができます。
- 全体像を考慮する: 単なる税額だけでなく、MPF、ローン申請、ビザ要件、長期的な事業承継計画も考慮に入れましょう。
- 動的に計画する: 事業利益、個人のニーズ、香港の税法が変化するにつれて、報酬構造を毎年見直しましょう。
香港における収入引出しの最適化は、富を築くための強力な手段です。給与所得税と利得税の正確な仕組みを理解することで、個人の財務目標と会社の成長軌道を一致させるための情報に基づいた意思決定が可能になります。目標は単に今日の税を最小化することではなく、将来に向けた強靭で効率的な財務基盤を構築することです。
📚 参考資料
本記事の内容は、香港政府の公式資料および信頼できる情報源に基づいて作成されています:
- 香港税務局(IRD) – 利得税(Profits Tax)ガイド – 法人税率、二段階制度、控除
- 香港税務局(IRD) – 給与所得税(Salaries Tax)ガイド – 累進税率、標準税率、個人控除
- 香港税務局(IRD) – 外国源泉所得免税(FSIE)制度 – 国際税務ルール
- 香港政府ポータル(GovHK) – 香港特別行政区政府公式サイト
- OECD BEPS(税源浸食と利益移転) – グローバル最低税(第2の柱)に関する情報
最終更新:2024年12月 | 本記事の情報は一般的な参考情報であり、具体的な問題については資格を持つ税務専門家にご相談ください。